072025 ランダム
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★☆自分の木の下☆★

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14.放課後の教室

                                                                     ≪イチ≫↓

 次の日の放課後、総司の宣言どおり、茜は特製の数学テストを受けた。教室には当然のこと、茜と総司の二人以外誰もおらず、総司は採点をしているために会話もなく、ただペンを滑らす音だけが室内を支配していた。茜は採点中のテスト用紙を見るのが怖いのか、窓側を向いて枝毛を探している。ちなみにジャックは、総司の「コイツがいては勉強にならない。」という発言により、裏庭の木に繋いでいる。
「ふぅん……」
 総司はそう呟くと共にペンを滑らす音が止んだ。茜は髪を弄るのをやめて総司の方を見る。茜の視線に気付いた総司は、紙に何かを書き込むとソレを差し出す。
「やればできるじゃねぇか」
 そう言われて用紙を見るとそこには七一点と書かれていた。
「なっななななじゅういちっ!? あたし、こんな点数取ったの初めてだよ!!」
 テストをみて興奮する茜の額を持っていた赤ペンで軽く突いてこちらに注意を戻す。
「ほら、浮かれてないで間違い直しするぞ。いいか、ここはだな……この公式を使うんじゃなくてこっち。それからここ、途中式で+-が逆になってる」
「えっ? あ、そうか」
 ふんふんと茜は間違えた問題を書き直していく。
「オマエは基礎を理解できたら応用はいけるんだから。あとはケアレスミスをすんな」
「はいっ」
「じゅあ次は英語。ホレ二十分な、よーい……」
 総司のかけ声に慌てて茜はプリントに向かう。
「始め」
 以外とまじめな勉強風景だった。





「~………」
「………」
 三十分後、そこは何とも形容しがたく重苦しい雰囲気が漂っていた。
 英語の採点を終えた総司は、茜に答案を返すことなく縦皺を刻んだ渋い顔で眺めている。そんな総司に話しかけることすらできず、茜は視線を泳がせていた。
「……………アカネ」
 地を這いずり回るような重低音で名を呼ばれた茜は、慌てて居住まいを正す。まるで軍人のように。立っていたら敬礼をしそうである。
「ハイッ!!!」
 そんな茜を鋭い視線で捕らえながら、総司は答案を茜の顔面に押し付けて言う。
「オマエ、中学から……イヤ、小学校からやり直して来い」
 ため息とともに押し付けられた答案を見ると、見事にバッテンだらけだった。
 そして、ご丁寧に正解も横に書き添えられている。
「~っ……だから、英語は苦手なんだよぅ」
 呟く茜の頭を、問題集で叩きながら総司は席を立った。
「ば~か。そこじゃねぇよ、オマエは英語どころか漢字を間違えすぎなんだよ。しかも、ほとんど平仮名だし。これじゃ、いくらマグレで答えが合っていたとしても点数は半分しかもらえねぇぞ」
 教室をでる総司に続いて茜も慌てて帰り支度をし、教室をでる。
「ちょっ……待ってよ! 総司ってば!!」
 茜の言葉を聴くともなしに総司は、さっさと姿を消した。そのまま呆れて帰ってしまったのかと考えながら、茜は下駄箱を目指す。ここで総司に見捨てられたら、自分は間違いなく赤を取るだろう。これだけは断言できる。もしそうなったら、鈴菜の、浩也の、優雅の、2-E全員の怒りを買うだろう。しかし、それよりも恐ろしいのは あの嘘くさいほどいつもキレイな笑みを浮かべつつ、背後にどす黒いオーラを余すことなく放出する椿の姿が容易に想像できる。それが一番怖いっ!!!!
「あぁ~、あぅ~……」
 下駄箱に垂れかかるようにして茜はうなだれる。と、ふっと茜の視界に影が差すと共に、言葉が降ってきた。
「こんなところで何やってるんだ?」
 見上げると何かに視界を遮られているものの、そこには総司が立っている。
「総司……帰ったんじゃ?」
 視界を遮っていた障害物を手にとって見ると、それはプリントの束だった。
「これをコピーしてたんだよ。ホレ、明日までにやっとけ」
 そう言われ、手にしていたプリントを捲ってみてみると それは漢字の読み書きと英単語が書かれていた。
「明日テストするからな」
 茜がプリントを見ている間に靴を履き替えた総司は、玄関口の扉に手をかけて待っている。茜は、靴を履き替えると総司の元に行った。二人して玄関口に出る。ふと空を見上げると、辺り一面真っ暗だった。







 そんな日々が続いていたある日、2―Eの教室にひとつの変化が起こった。
「初めて……はじめて、やっとクラス全員が揃って、俺は……俺は、嬉しいっっっっ!!!」
 頻りに教壇の前でそう言いながら顔を手で覆って泣いているのは担任の梅ちゃん。(おそらく久々の登場だろう)
 日ごろから……いや、2―Eの担任になってから報われない時を過ごし耐えてきた梅ちゃんの心のパロメータを嬉しさが占めていた。何故なら、今までずっと空いていた席がようやっと一人の生徒によって埋まったのである。
「ウマちゃん、そんなオーゲサな。そないにワイが恋しかったんか? なんや照れるわ~」
 梅ちゃんの喜びようにその席を埋めた人間はヘラヘラと笑いながら言った。イスにロープでグルグル巻きにされながら。しかし、だれも疑問に思うものはいない。E組にとってこのような光景はもう見慣れた日常となんら変わりはないらしい。
「井上……グスッ……俺はウマじゃなくてウメなんだけどな……グス……。っ……まぁいい、E組の教室が埋まったんだからな! それに嬉しいのはそれだけじゃないんだ、……グスグスッずぞじり」
 ずずず……と鼻を啜りながら呼ばれたため濁点がついてへんな呼び名になってしまった自分の名に、教科書を今にも引きちぎりそうに掴んで読んでいた茜は整っていたハズの顔を上げた。
「へぁ?」
 茜の口から出てきた声は言葉を成していなかった。その顔はまるでこの世の生き地獄 を 味わい尽くしたかのような死人の様。肌はガサガサ、髪もボサボサ、極め付けに目の下には巨大なクマ。誰もこんな茜に近寄ろうとしない。近づいたら最後、生気を奪い取られそうだ。Black Listメンバーでさえも近づくのを躊躇っている。唯一、近づく者といえば……。
「ホラ、また間違えてる。お前、何遍間違えれば気が済むんだ?! ホントに頭ん中に脳ミソ入ってんのかよ」
 持っている教科書らしき物で、ポカスカと容赦なく茜を殴る総司だけである。その総司もまた少しやつれている。心なしか髪のつやもない。総司は梅ちゃんの存在も無視して茜に英語を刷りこませる。
「問五の命令文は助動詞を使った文、<主語+動詞+(人)+(物)>=<主語+動詞+to[for]+(人)>の文に書き換えられんだろ? ふつうの命令文はmust[have to] 、否定文はmust not Let’s~はshall we~? になるって覚えとけ。あぁ、<命令文、and[or]~>はifを使って書き換えられるな。Run,and you can catch the bus.はIf you run,you can catch the bus’例文三の『I’ll show you my pictures.』は<主語+動詞+(人)+(物)>だから、『I’ll show my pictures to you.』<主語+動詞+(物)+to[for]+(人)>に書き換えれるだろ? この書き換えのとき、toを使う動詞はtell,give,show。Forを使う動詞は、make,buyとかを使うんだ。それじゃ、問六<主語+動詞+目的語+目的語>『私にあなたのノートを見せてください。』を並べ替えると?」
 早口で説明する総司に対し、茜の目はグルグル回っていた。きっと頭の中もグルグル回っているのだろう。総司の言葉に優雅は首を捻る。
「あれ? テスト範囲にそんなとこあったっけ?」
 優雅の言葉に浩也がため息混じりにつぶやいた。
「総司の説明したところ……多分、中学レベルですよ。中学のところからやり直してるんですか……」
「絶望的ね」
 浩也の涙をぬぐう動作に便乗し、ハンカチを差し出しながら鈴菜がばっさりと切った。ありがとうございます。と言いながら目に溜まった涙をぬぐう浩也の傍らですっかり忘れられている晴貴にちょっかいをかけている椿をも無視して茜は総司に出された問題を必死で解いている。
「制限時間一分。これが解けなかったら今日の昼飯は抜きだからな」
 総司の容赦のない台詞に茜の頭はフル回転だ。
「うぅ……えとえっと……Please show me your notebook?」
 自信なさげに答えた茜は伺うように総司を見上げている。しばし教室に静寂が訪れる。思わずクラスメイト全員が総司の一挙一同に注目していた。総司はそんなこと知ってかしらずか、ふぅっとため息をつくと茜の額にデコピンを打ち込んだ。
「正解。やればできるじゃねぇか」
 茜の正解に思わずクラス中が湧きだった。無理もない、なんせあの青桐 茜が英語の問題を(中学レベルだが)解いたのだから。
 教室が興奮に包まれている中、教壇では梅ちゃんが涙の洪水をだしていた。
「青桐~、先生はっ……先生は嬉しいぞぉっっ! お前が真面目に勉強するなんてっ……嗚呼、教師をやっていて良かった!!!」
 大袈裟である。








「あ……」
 授業も終わり、いつもの通り放課後居残って茜の勉強を見ている総司は、かばんをあさっていた手をとめて声を漏らした。その呟きに茜はすぐさま反応する。茜の集中力はとうに切れていたらしい。
「どうしたの総司?」
 余談ではあるが、最近この二人はあまり言い争いをしていない。それは前回の総司の放送ならびに今回のテストが要因している。
「オマエにやらせるプリントを家に忘れてきた」
 昨日も総司は茜のためにテスト対策用のプリントを遅くまで作成していたのである。
「あー、机の上にそのまんま置いてきちまった」
 額に手を当ててため息をつく。そんな総司の軽い後悔を知ってか知らずか茜は嬉しそうに触覚を揺らしながら総司を見ていた。
「えっじゃぁ今日はもぅ終わり?♪」
 茜の嬉しそうな口調に総司は少しムッとする。誰のためにここまでやってやってると思ってるんだ。しかし、この言葉を茜に投げかけても多分あまり意味をなさないだろう。そう頭の中で結論付けると総司はカバンに、茜用に持ってきた教科書・ 問題集を詰め込み、席を立ち茜に言った。
「俺んち、行くぞ」





 そんなこんなで茜は総司に連れられ、総司の家へと向かっていた。
(ぅわー、何この家。でかい! どこのお屋敷だろぅ……)
 途中の道のりで、先程から頻りにデカイ日本家屋の横を茜は歩いている。
「何、アホ面下げて歩いてんだ?」
 総司の言葉に茜はハッと我にかえると共に、我知らず開けていた口を閉じた。
「べっ……別にあたしの自由でしょっ!」
 総司の言葉に動揺しつつ、茜は誤魔化すように総司を追い抜いて歩く。ズンズン進む茜に対し、総司はその場に立ち止まっていた。
「なにしてんのよ、総司」
 一向に来ない総司に茜は少々焦れたように話しかける。
「どこに行くつもりなんだ?」
 茜の言葉には答えずに総司は尋ね返す。
「どこって総司の家に決まって――……」
「俺んちここだぞ」
 そういって指差し、総司が入った場所は先ほど茜が呆けながら眺めていた格式のありそうな古い日本家屋だった。
「えっここ?! ……ってコトは総司ってもしかしなくてもお坊ちゃまっ!?」
 信じられないというように茜は総司と、総司の家を交互に指差す。そんな茜を気にするでもなく総司は玄関の敷居を跨ぐ。
「俺の爺さんの家だよ」
 事も無げに言う総司に茜は慌てて家の敷居を跨いだ。
「ぉ邪魔しますぅ……」
 心なしか腰は低く、声も小さめだった。総司に通された部屋は居間らしく、外観とは違い、中は洋風だった。総司は茜に「適当に座ってろ」と言い残すと自室へとプリントを取りに行く。茜は所帯無さげにテレビ前のソファに腰をおろした。が、結局落ち着かないらしく、立ち上がりリビングの中を物珍しそうに見て回る。ふと、目に入ったのは棚に置かれた複数の写真立て。手に取ったのは若く綺麗な女性がこちらを見て微笑んでいる、少し変色した古い写真。
(総司のお祖母さんかな?)
 写真に写っている女性はどこかしら総司に似ていた。焦げ茶の髪、長い睫毛に縁取られた切れ長の瞳。写真をよく眺める。その写真の人はとても幸せそうに笑っている。
(幸せ……だったんだな……)
 そう思える写真だった。茜は写真を見て知らず微笑む。そうして、棚に置かれている他の写真にも目をやる。すると、一つだけどことなく感じの違う写真が置かれているのに気づいた。茜はその写真をもう一つの手に取る。その写真に写っているのもまた女性だった。しかし、先ほどの写真とはまったく異なり、とても血縁者には見えない。ゆるく巻いた髪、意思の強そうな瞳、太陽のように笑っている――。
「茜――、これ……」
 声と共に総司がリビングに入ってくる。服も着替えたらしくあまり見慣れない私服だ。しかし、茜はそこには気づかず、その場に立ち尽くしていた。なぜなら、部屋に入って茜の姿を確認するなり、総司の顔色が一瞬変わったからだった。
総司は茜に近づくと写真たてを取り上げ、棚に戻す。一つは立て直して、もう一つは伏せて。そんな総司の様子から、茜はそれが総司の『触れてはいけないモノ』だということを認識する。何を言えば分からずに茜は黙ったままその場に立ち尽くす。そんな気まずい空気をなんでもないように総司はしゃべりだした。
「俺の爺さんは、カメラマンだったんだよ。だからこの家には俺らの写真とか多いんだよ。ちなみにそれが、俺の祖母」
 そういって総司が指したのは、立て直したほうの写真。
(じゃぁ、伏せたほうは……?)
 なんだか聞いてはいけないような気がして、聞きたいのに聞けなかった。
「ほら、やるぞ」
「うん」
 総司に促され、茜はダイニングテーブルへと向かった。




 コチコチと静寂な家の中に、時計が時を刻む音だけが響き渡る。
「……っと、できた!」
 そういって茜はプリントから顔をあげた。が、いつもならすぐに何らかのリアクションが返ってくるはずの総司からはなにもない。不思議に思い、総司の方を見やると総司はテーブルに肘をついた格好で寝ていた。
(人が一生懸命がんばって解いていたっていうのに)
 いい気なもんだと茜は総司をそっと見る。
(疲れてるのかな?)
 そういえば、このプリントも昨日遅くまでかかったと言っていた。
(疲れているんだろうな)
 とっくに愛想尽かしてもいいはずなのに、見捨てず何度も教えてくれた。
(なんで?)
 労わるようにそっと総司の髪を透く。髪はサラサラと手から零れて総司の顔に落ちていった。テーブルに乗り出して総司の顔を覗き込む。
「――……あの写真の人はダレ?」
 無意識に零れ落ちた言葉に茜はひどく驚いた。なぜこの言葉が?! ほんとはもっと違う言葉が出るはずだった。それはなんて言葉?! イヤ、わからない。わからないけど……気になった。あの写真を見たときの総司の様子が、いつもと違って。まるで知らない人みたいに見えて……イヤだった。
(いや?)
 いやってなにが!? っていうか、なんでこんなに総司のこと気にしてんの?!!どーでもいいじゃんっっ! ィャ、でも総司が知らない顔するのはおもしろくない……。
「あーうー、だぁ~……何考えてんのよ、あたしはぁ~っ!」
 茜が一人ウンウン唸っているとガラガラッという音と共にどこか聞き覚えのある声が玄関から響いてきた。
「総司――、いる?」
 声の人物が鈴菜と認識すると、茜はビクッと体を硬直させ、慌てて総司から身を離す。
「ん……」それの同時に総司が身じろぐ。
(やばい起きる!)
 何がどうやばいのか、あまり深く考えず茜は慌てて帰り支度を整えると、総司が置きだすと共にリビングを飛び出す。混乱している頭でどうにか覚えていた玄関までの道を行くと、そこで鈴菜と鉢合わせる。
「あら茜、勉強はもう終わったの?」
 そんな鈴菜の問いかけを耳にしながら、茜は急いで靴を履くと振り返らずに家を後にした。
 鈴菜が玄関で茜が去っていったほうを眺めていると、奥から欠伸をしつつ総司が現れる。
「あぁ、鈴菜きてたのか。なぁ、茜しらねぇか? いつの間にかいなくなってんだよ」
 そう問う総司に鈴菜は外を指差して言った。
「茜なら、たったいま出て行ったわよ。大急ぎで」
 鈴菜の答えに総司は的を得ないようだ。
「なんだぁ? アイツ」
「さぁ? それよりこれ、お母さんからおすそ分けですって。」
 総司同様、鈴菜も疑問に思ったが、さして気にも留めず自分の用件を済ませるべく家に上がった。
                                                                     ≪イチ≫↑




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